おばあちゃんの広い家
東京近郊の味気ないベッドタウンに育った私だが、『ふるさと』と言われて思い出すのは、幼いころに何回か訪れた、宮城にある母方の祖母の家である。
廊下や梁の飴色がかった木のうつくしさ。すがすがしいまっすぐに伸びた長い廊下、気持ちいい畳の感触と匂い、欄間の麻の葉模様。お風呂は深い青の細かいタイル張りで、お湯は飛び上がりそうに熱かった。家の中はどこも埃ひとつなく、ピカピカに磨き上げられていた。ふと窓の外を覗いてみれば、視界いっぱいに広がる青々とした田んぼ、真っ青な空、その二つを隔てる深緑色の山々。ぴゅう、と吹き抜けた風が稲穂を柔らかく撫ぜて、ああ、風ってこんな形なんだ、と思った。
どれも普段の生活では目にすることはなく、幼い私にその景色はあまりに鮮やかだった。私がいま、古民家とか民芸とか、そういう類のものに走っているのは、この思い出のせいかもしれない。もう手に入らないふるさとの欠片を探して、ぐるぐると歩き回っているのだ。
私が生まれる前に祖父が亡くなり、あの広い家に一人で暮らしていた祖母。あの人は、いったいどんな気持ちだったのだろうか。寂しくはなかったんだろうか。いつも綺麗におしろいをはたいて真っ赤な口紅をひいて、真っ黒に染めた髪をくるくるに巻いて、いつも元気そうだった私の祖母は。
私にはもう、それを知るすべは残っていない。
祖母が亡くなって4年と少し。かの震災でびくともしなかったあの立派な祖母の家は、今ではしらない人が住んでいるそうな。